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元旦礼拝 説教要旨

新しい年の歩みに神様の祝福と守りが豊かにありますようお祈り申し上げます。
教会では新年を礼拝をもってはじめました。

元旦礼拝『一年のはじめに』宮本 新牧師

コリントの信徒への手紙Ⅱ 515

「生きている人たちが、もはや自分のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです」。

この一年はどのようなものになるでしょうか。明るい希望に満ちた気持ちで祈る手を合わせる人も多いでしょう。一方で、「希望などどこにあるのか」という心境の中にあっても、新しい年は明けていきます。以前、興味深いインタビューを目にしたことがあります。アメリカのプリンストン大学で地理と歴史を研究されているジャレド・ダイアモンドさんという方のものです。現代はテロや紛争、自然災害、はたまた核や原発、温暖化の問題が切実かつ身近な課題になっています。このような世界大の問題を踏まえてダイアモンドさんはご自身の専門の立場から未来予測をこのように言われています。「人類の歩みは、最善の方向にいく可能性は51%、最悪の事態に向かうのは49%」。最善に行くか、最悪になるかはほぼ五分五分、しかし、1パーセント違うだけで、ことは最善の方向へ動き出す可能性があると見ておられます。

ダイアモンドさんの未来予測は、はるか5万年も昔にさかのぼり、古代マヤ文明やモアイ像で有名なイースター島といった古代文明の盛衰を振り返ってこういわれているのです。古代社会から人の歩みがあるところには、必ず環境問題と人口問題があったのだそうです。イースター島でいえば、熱帯性雨林でたくさんの木々に囲まれていた土地が、人間が移り住んで数百年後には、燃料や、巨大な石像を運ぶため木々は切り倒され、3メートルを超える木は徐々に絶え、たくさんの鳥たちも乱獲により絶滅、やがて農地は枯れ果て、人々も飢えます。彼らは島から逃げ出そうとしますが、木材がないため逃げるカヌーをつくることもできず、やがて争いあい自滅したことが分かっているそうです。「現代の私たちも、地球という孤立した島に住んでいるので、地球環境を台無しにしてしまっても、別の星に移り住むことはできないのです」と警告を発しておられます。

ダイアモンドさんは、古代文明の崩壊も、現代の人間が抱えている温暖化や核、飢餓や干ばつ、政治動向や経済問題なども、どれもそれ自体では私たちの文明社会そのものが壊滅する理由にはならないと見ています。むしろ、一つの社会、ひとつの人間の集合的な営みが本当に崩壊するのは、環境問題でも人口問題でもなく、そういった問題に目をつむり、対策を考える努力を人間が放棄し、各々が自分のことを考えて争い、憎しみ合う果てに崩壊がやってくるのだと観察しています。文明や社会が続くか否かは、例えば温暖化や〇〇問題がきっかけであったとしても、本当の理由にはならないというのです。

 コリント書はこう書いています。「生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです」。

今だけのことでなく、明日のこと。そして自分だけでなく、隣人とともにどんな未来を歩んでいけるでしょうか。その答えは本当のところだれも分かりません。キリスト者は「主が共に」をキーワードにしてこれに応じて生きていこうとします。答えが出せるとすれば、この世界全体をお造りになった愛と真の神を信頼し、共に生きるということだと思います。自分だけでなく、自分の家族や好きな人だけでなく、共に世界が持続できるようにその努力をしていきましょう。どんな努力か。今日の私たちにとってそれは、共に「祈る」こと、「歌う」こと、「み言葉に耳を傾ける」こと。つまり礼拝です。単純なことですが心をこめて全身全霊をもってこれをおこなうことこそ、持続可能な世界へと歩みをすすめる道ではないでしょうか。祈りのバトンが世界中で渡される時、1%の可能性の扉は開かれるのです。

元旦礼拝のお花
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